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にせもの
贋物
葛西 善蔵
「早稲田文学」1917(大正6)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,476 字 · 43 页
「そうかなあ。……しかし僕には昼間はこのとおり静かだからいいけれど、夜は怖い。ひどい風だからねえ、まるで怒濤の中でもいるようで、夜の明けるのが待遠しい。それに天井からは蜘蛛やら蚰蜒やら落ちてくるしね……」
「そういったわけでもないですがね、……兄さんには解らんでしょうが、遣繰り算段一方で商売してるほど苦しいものはないと思いますね。朝から晩まで金の苦労だ。だからたまにこうして遊びに出てきても、留守の間にどんな厭な事件が起きてやしないかと思うと、家へ帰って行くのが退儀でしかたがない。だから僕もここへ来てこうして酒でも飲んでいると、つくづくそう思いますね。せめて二三千円の金でも残ったら、こうした処へ引っこんで林檎畠の世話でもして、糞草鞋を履いて働いてもいいから暢気に暮したいものだと。……僕もあまり身体が丈夫でありませんからね。今でも例の肋膜が、冬になると少しその気が出るんですよ」
惣治も酔でも廻ってくると、額に被ぶさる長い髪を掌で撫で上げては、無口な平常に似合わず老人じみた調子でこんなようなことを言った。
「そうだろうね、商売というものもなかなかうまく行かんもんだろうからね。