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てんき

転機

伊藤 野枝

「文明批判 第一巻第一号、第二号」1918(大正7)年1月、2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,656 字 · 67 页

青空文庫

正面に向いた家の戸が半分しめられて、家の中にも誰もいないらしい。

「御免!」

幾度も声高にいって見たが何の応えもない。住居といっても、傍の物置きと何の変りもない。正面の出入口と並んで、同じ向きに雨戸が二三枚しまるようになった処が開いている。他は三方とも板で囲われている。覗いて見ると、家の奥行きは三間とはない。そこの低い床の上に五六枚の畳が敷かれて、あとは土間になっている。もちろん押入れもなければ戸棚もない。夜具や着物などが片隅みに押し寄せてあって、上りかまちから土間へかけて、いろいろな食器や、鍋釜などがゴチャゴチャにおかれてある。土間の大部分は大きな機で占められている。家の中は狭く、薄暗く、いかにも不潔で貧しかった。けれどもその狭い畳の上には、他のものとは全くふつりあいな、新しい本箱と机が壁に添って置かれてあった。机のすぐ上の壁には、T翁の写真が一つかかっている。人気のない家の中には、火の気もないらしかった。私達二人は寒さにふるえながら、着物の裾を端折ったまま、戸のあいたままになっている敷居に腰を下ろした。

腰を下ろすとすぐ眼の前の柚子の木に黄色く色づいた柚子が鈴なりになっている。