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うんめいのままに

運命のままに

豊島 与志雄

「黒潮 第壹卷第貳号」太陽通信社、1916(大正5)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,406 字 · 57 页

青空文庫

そして彼女の前に自分の内心の苦悶をおし隠すことがどんなにか悲しかった。で私は彼女の懐から逃げ出すようにして辞し去るのを常とした。

然し私の一番の苦痛は屡々英子の家に橋本兄妹が出入りするのを見ることであった。私は何時のまにか英子の家の中心から遠ざかって、痩犬のように彼女のうちに窺い寄る自分の姿を見出した。私が姿を現わすと、皆の晴やかな会談が急に途絶えて陰鬱な影が射すのを、私はよく知っていた。私は特に欽一郎と対座するのを恐れた。そして英子の家の前に吾妻下駄と竝んだ男の駒下駄を見ると、私はそのまま足を返した。

私は一人で当もなく夜の街路を歩き廻った。僅かの友達をもなるべく避けるようにした。そして仄暗い裏通りを首垂れながら歩いている自分の孤影を見出しては、憂鬱な気分が益々濃くなっていった。

私は英子と欽一郎との間に如何なる精神上の交通があるかを知らなかった。然し私の頭には、彼等二人の竝んだ顔がしつこく刻みつけられるようになった。が私はそれを敢てどうしようとも思わなかった。

もし彼等が本当の愛で動き出したとしても、そして私の愛が破らるるにしても、私はそれを許し得るであろうと自ら云った。