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うんめいのままに
運命のままに
豊島 与志雄
「黒潮 第壹卷第貳号」太陽通信社、1916(大正5)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,406 字 · 57 页
床の間には造花の籠があって、狩野派の筆になる小さい富士山の軸物がその砂地の壁に掛っていた。昔その片隅に一面の琴が立掛けてあったのを私は覚えている。然しいつのまにかそれは彼女の母の室に持ってゆかれていた。
私達はよくその室で言葉少い時間を過したものだ。英子の父は海軍の将校で始終留守だったので、家には母と娘と女中と三人きりだった。英子の兄の信夫はさる放蕩の失敗から京都に左遷せられて、其地の叔父の監視の下に大学に通っていた。英子の母は自分にも定まった一室を占有して、娘の自由に少しも干渉しなかった。彼女は凡てを知っているらしくもありまた何にも知らないらしくもあった。いつも穏やかな晴々しい顔をしていた。それだけ親しみ易くもあったが、またそれだけその思惑を捉えることはむずかしかった。然し私は彼女に非難すべき何物をも未だに知らない。心の苦しい時彼女の懐に眠りたいとさえ思うほどである。
そういう安静な周囲のうちに私達の愛は育っていった。私が英子を訪れると、女中が取次をして私はすぐ彼女の室に通ることが出来た。
それは何時だったか今覚えていないが、秋海棠の花が門をはいった片隅に咲いていたのでみると、十月頃のことであったに違いない。