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のわき

野分

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,401 字 · 42 页

青空文庫

彼は決心していたのである、大小を棄て、屋敷を出て、町人の生活にはいろうということを。そのさきはわからない、どこに身をおちつけるか、どんな業わいで喰べてゆくか、それはまるで見当もつかなかった、然しともかくも屋敷を出ることがさきである。ただとび出すだけなら雑作はないが、戸沢家とのかかわりをはっきり断ち切って、あとくされのないようにしなければならない。そしてこれにはかれ自身ひじょうな心のふみきりが必要だった、なぜなら、彼の身内にながれ生きている武家の血はながい伝統と歴史の糸につながるもので、単に環境を変えるだけではどうにもならぬ根強い力をもっているのだから、したがってもし彼が能登守の庶子であり、世子選定などという紛糾した事情がなかったら、それだけきっぱりとふみきることはできなかったかも知れない。

「もうひとがまんだ、そうすれば肌着からすっぽり脱いで、すっ裸になって出られる、それからはおれの自由だ、人間らしくつつましい、正直な、活き活きした暮しが出来るんだ……」

そう呟きかけた彼は、そこでぎょっとしながら立止った。うしろから足ばやに追いぬいた三人の黒い人影が、いきなり彼のゆくてに立塞がったのである。