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つげびと
野菊の墓
伊藤 左千夫
伊藤左千夫『野菊の墓』。同一底本的分册已合并为一书。收入:告げ人、箸、老獣医。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,955 字 · 71 页
もとより一言ものをいうのでない。主人や細君とはなんらの交渉もないふうで、つぎの黒白まだらの牛にかかった。主人は兼吉をよんで、いましぼるからこの牛に飼い葉をやれと命じた。花前はしぼりバケツを左に持ちながら、右手で乳牛の肩のへんをなでて、バアバアとやさしく二、三度声をかける。
乳牛はすこしがたがた四肢を動かしたが、飼い葉をえて一心に食いはじめる。花前は、いささか戒心の態度をとってしぼりはじめた。じゅうぶん心得ている花前は、なんの苦もなくはね牛の乳をしぼってしまった。主人は安心すると同時に、つくづく花前の容貌風采を注視して、一種の感じを禁じえなかった。
その毅然として、なにかかたく信ずるところあるがごとき花前は、その技においてもじつに神に達している。しかるにもかかわらず、人に使われてるのみならず、おちついて使われている主人をすらえられないかと思うと、そこに大なる矛盾を思わぬわけにいかない。
見るところ、花前は、ほとんど口をきく必要のないまで、自分の思うとおりを直行するほか、なんの考えるところもないらしい。こう思うと、われわれの平生は、ただ方便を主とすることばかりおおくて、かえってこの花前に気恥ずかしいような感じもする。