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つげびと

野菊の墓

伊藤 左千夫

伊藤左千夫『野菊の墓』。同一底本的分册已合并为一书。收入:告げ人、箸、老獣医。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,955 字 · 71 页

青空文庫

糟谷は机にむかったなり目を空にしてぼうぜん考えている。細君はななめに夫に対し、両手をそでに入れたままそれを胸に合わせ、口をかたくとじて、ほとんど人形のようにすわっている。この人をモデルにして不満足という題の絵なり彫刻なり作ったならばと思われる。ふたりはしばらくのあいだ口もきかなかった。

三女の礼子が帰ってきて、

「おとうさんただいま、おかあさんただいま」

とにこにこしておじぎをしても、父も母もはいともいわない。礼子は両親の顔をちらと見たままつぎの間へでてしまった。つづいて芳輔が帰ってきた。両親のところへはこないで、台所へはいって、なにかくどくど下女にからかってる。

「芳輔のやつ帰ったな、芳輔……芳輔」

「きょうはほんとに、なまやさしいことではあなたいけませんよ」

「こら芳輔」

父の声はいつになく荒かった、芳輔は上目使いに両親の顔をぬすみ見しながら、からだをもじりもじり座敷のすみへすわった。すわったかとするともうよそ見をしてる。母なる人は無言にたって、芳輔の手を捕えて父の近くへ引き寄せた。

「芳輔……おまえはいま家へきしなに小川さんに会ったろ」

「知りません」