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やすりくず
鑢屑
寺田 寅彦
「週刊朝日」1924(大正13)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,364 字 · 13 页
しかしたぶんそれは後の方であったらしい。
実際われわれの感覚する生理的の時間は無限に小さな点の連続ではなくて、有限な拡がりをもった要素の連続だという事、それから、その有限な少時間内では時の前後が区別出来ないという学説は本当らしい。
このようにして生じた時間の前後の転倒は、われわれの記憶として保存されている間にその間隔を延長するのが通例であある。その結果として後日私がこの経験を人に話す場合に「煉瓦が砕けるだろうと思って見ていたら、果して砕けた」と云ってしまう恐れがある。これは無意識ではあるがやはり一種の嘘であるに相違ない。
九
ある偏屈だと人から云われている男が、飼猫に対する扱い方が悪いと云ってその夫人を離縁した。そういう噂話をして面白がって笑っている者があった。
表面に現われたそれだけの事実を聞けば、なるほどおかしく聞こえる。しかし、その男が元来どうしてそれほどまでに猫を可愛がるようになったかという過程を考えてみる、そうすると彼の周囲の人間が、少なくも彼の目から見て、彼の人間らしい暖かい心を引出す能力を欠いていたのではないかという疑いが起る。