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ながさきのかね

長崎の鐘

永井 隆

「長崎の鐘」日比谷出版、1949(昭和24)年1月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,109 字 · 131 页

青空文庫

が咽喉をふさぐほどに立ちこめてはいたが、大きな品物は大体また床の上か地の上へ落ちついたらしかった。橋本君はさて救護だと崩れた図書棚の裏からはいだして、あっとたまげてしまった。なにもかも滅茶苦茶だ。がらくたを踏み越え窓から顔を出してみて、さらにどきっと胸を衝かれた。これは一体どうしたというのだ。つい今の今先まで、この窓の下に紫の浪と連なっていた坂本町、岩川町、浜口町はどこへ消えたのか? 白く輝く煙をあげていた工場はないではないか? あの湧き上がる青葉に埋まっていた稲佐山は赤ちゃけた岩山と変わっているではないか? 夏の緑という緑は木の葉、草の葉一枚残らず姿を消しているではないか? ああ地球は裸になってしまった!

玄関車寄せに群がっていた人々は? と見おろす広場は、所狭いまでに大小の植木がなぎ倒され、それにまざって幾人とも数えきれぬ裸形の死人。橋本君は思わず両手で目をおおった。地獄だ、地獄だ。呻き声ひとつたてるものもなく、まったく死後の世界である。目を押さえているうちにすっかり暗くなってしまった。目をあけて首を回してみるけれども、物音ひとつせず、糸ひとすじも見えぬ真の闇。