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いんじゅう

陰獣

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页

青空文庫

「時計のコチコチという音が聞えません?」やや暫くたって、静子は聞きとれぬ程の小声で私に尋ねた。

「いいえ、時計って、どこにあるんです」

すると、静子は又黙って、暫く聞耳を立てていたが、やっと安心したものか、「もう聞えませんわねえ」と云って、又私を招いて洋館の元の部屋に戻ると、彼女は異常な息づかいで、次の様な妙なことを話し始めたのである。

その時彼女は居間で一寸した縫物をしていたが、そこへ女中が先に貼つけた春泥の手紙を持って来た。もう此頃では、上封を見ただけで一目でそれと分る様になっているので、彼女はそれを受取ると何とも云えぬいやあな心持になったが、でも、開けて見ないでは、一層不安なので、怖々封を切って読んで見た。そして、事が主人の上にまで及んで来たのを知ると、もうじっとしてはいられなかった。彼女は何故ということもなく立上って、部屋の隅へ歩いて行った。そして、丁度箪笥の前に立止った時、頭の上から、非常に幽かな地虫の鳴声でもある様な、物音が聞えて来る様に感じた。

「わたくし、耳鳴りではないかと思ったのですけれど、じっと辛抱して聞いていますと、耳鳴とは違った、金のふれ合う様な、カチ、カチっていう音が、確かに聞えて来るのでございます」