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いんじゅう

陰獣

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页

青空文庫

「何かあったのですか」私も誘込まれて、つい物々しい囁き声になっていた。

「この家の中に平田さんがいるのでございます」

「どこにですか」私は彼女の意味が呑込めないで、ぼんやりしていた。

すると、静子は思切った様に立上って、真青になって、私をさし招くのだ。それを見ると、私も何かしらワクワクして、彼女のあとに従った。彼女は途中で私の腕時計に気づくと、何故か私にそれをはずさせ、テーブルの上へ置きに帰った。それから、私達は足音をさえ忍ばせて短い廊下を通って、日本建ての方の静子の居間だという部屋へ這入って行ったが、そこの襖を開ける時、静子は、すぐその向側に曲者が隠れてでもいる様な、恐怖を示した。

「変ですね。昼日中、あの男が御宅へ忍込んでいるなんて、何かの思違いじゃありませんか」

私がそんなことを云いかけると、彼女はハッとした様に、それを手真似で制して、私の手を取って、部屋の一隅へ連れて行くと、目をその上の天井に向けて、「黙って聞いてごらんなさい」という様な合図をするのだ。

私達はそこで、十分ばかりも、じっと目を見合せて、耳をすまして立ちつくしていた。昼間だったけれど、手広い邸の奥まった部屋なので、何の物音もなく、耳の底で血の流れる音さえ聞える程、しんと静まり返っていた。