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ゆきのうえのしも

雪の上の霜

山本 周五郎

「面白倶楽部」光文社、1952(昭和27)年3月~4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,586 字 · 50 页

青空文庫

それだけ腕を高く評価してくれたのであろう。自分からそうは云えない、おたよが云ってくれるところである。が、彼女は云わなかった。良人の不審に調子を合わせるようすもないので、伊兵衛はちょっと不満だったが、

「とにかくこれだけずつ貰えるんだから、この家がそんなわけなら、もう少しましな宿へ変えることにしましょう」

「はあ、それはまた次にでも……」

おたよは答えを濁して、午餉の支度に立っていった。

彼にはよくわかる。妻はまだ信じられないのだ、その収入が確実であり、此処でおちつくことができる、ということを。……伊兵衛は悲しかった。妻がいじらしくて堪らなかった。しかし、妻を説得し、こんどこそ大丈夫、と、証言する勇気は、彼にもまだなかった。

――七年余日にわたる放浪、苦い経験のかずかず……。

さよう、底を割ってみれば彼自身も、これでおちつける、という確信はなかったのかもわからない。久方ぶりに夫婦で午餉を喰べ、一刻ほど話をして、さて道場へ戻ろうとすると、おたよは謝礼の金を良人に返した。

「わたくしのほうには、まだ支度金の残りが充分にございます、いつなにごとがあるかわかりませんから、これはお持ちになっていて下さい」