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ゆきこんじゃくものがたり

雪今昔物語

中谷 宇吉郎

「自然」1947(昭和22)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,695 字 · 32 页

青空文庫

当時の日記を開いてみると「お肥りにて御色よく光輝く許り也、万歳也」という一句が挿入されている。昭和十一年の秋といえば、「満州建国」から四年目、二・二六事件のあった年の秋のことである。一年後の蘆溝橋事件の勃発を目前にして、軍国日本がその極盛期にあった時代のこととて、御警護なども並大抵のことではなく、すべてが物々しい雰囲気につつまれていた。

低温室の中で人工雪の結晶を天覧に供するということが、いよいよ本極りになったのは、九月十日のことであった。しかしこの任務は、当時の国内情勢の下では、並大抵のことではなかった。

それは殆んど不可能に近い困難なことであった。というのは、雪の結晶の人工製作に初めて成功したのは、その年の三月のことであって、それは二年越しのいろいろな試みの末に、やっと偶然に一つの結晶が出来たにすぎなかったのである。その後実験はずっと続けて来ていたのであるが、現象が非常に不安定なために、実験は非常にむつかしく、なかなか思うようには進歩しない。何度もくり返しているうちには、思うような結晶も出来るのであるが、今この実験で、或る指定した形の結晶を、一回で間違いなく作れといわれても、それは到底出来ない相談であった。