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ゆきやなぎ

雪柳

泉 鏡花

「中央公論 第五十二年第十三號」1937(昭和12)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,054 字 · 90 页

青空文庫

その朝だって、家内が挨拶に出ようというのを、私が差留めたほどでした。

(まことにしばらく、……お珍らしい。)

と、時に、挨拶をするのも上の空で、人様の顔を失礼だが、うっかり見まもっているうちに、吃驚するように、思い出したのは、私が東京へ出ました当時「魔道伝書」と云う、変怪至極な本の挿画にあった老婆の容体で、それに何となくそのままなんです。

――「魔道伝書」ようございますか、勿論、板本でなし、例の貸本屋を転々する写本でなく、実にこの婆さんの兄の間淵が秘蔵した、半紙を部厚に横綴の帳面仕立で。……都合があって、私と二人で自炊をして、古襦袢、ぼろまでを脱ぎ、木綿の帯を半分に裂いて屑屋に売って、ぽんぽち米を一升炊きした、その時分はそれほど懇意だったのですが。――また大食いな男で、一升一かたけぺろりの勢。机を売り、火鉢、火箸から灰を売食といった時でも、その「伝書」は手離さなかった。もっとも渋を刷いた厚紙で嵌込の蔽があって、それには題して「入船帳」。紙帳も蚊帳もありますか、煎餅蒲団を二人で引張りながら、むかし雲助の昼三話。――学資を十分に取って、吉原で派手をした、またそれがための没落ですが、従って家郷奥能登の田野の豊熟、海山の幸を話すにも、その「入船帳」