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ゆきやなぎ
雪柳
泉 鏡花
「中央公論 第五十二年第十三號」1937(昭和12)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,054 字 · 90 页
真先に、布、紙を弁えず飜した、旗の面に、何と、武州、郡の名、村の名、人の名――(ともに憚ると註してある)――歴々と記したるが矢よりも早く飛過ぐる。火を揚げ煙を噴いた車の中に、炎の搦んだように腰の布が紅に裂けて、素裸であろう、黒髪ばかり蓑のごとく乱れた、躯をのせた、輻が軋り、轍が轟き、磽たる石径を舞上って、「あれあれ浅間山の煙の中へ火の尾を曳いて消えて候よ、六部どの。われら世過ぎにせわしき身は、一夜の旅も、糧ゆえに思うに任せず、廻国のついでに、おのずから、その武州何郡、何村に赴きたまわば、」事のよしをも訪いとむらいたまえと、舌を掉って語ったというのである。――嘘ばっかり。大小哥哥、宿場女郎の髪の香、肌ざわりなど大話をしていたればこそ、そんなものが顕われた。猪か猿を取って、威勢よく飛んだか、早伝馬が駆出したか、不埒にして雲助どもが旅の女を攫ったのかも分らない。はた車の輪の疾く軋るや、秋の夕日に尾花を燃さないと誰が言おう――おかしな事は、人が問いもしないのに、道中、焼山越の人足である――たとえ緊めなくても済むものを、虎の皮には弱ったと見えて、火の車を飛ばした三個の鬼が、腰に何やらん襤褸を絡っていた、は窮している。