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きりのばんしゃ

霧の蕃社

中村 地平

「文学界」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页

青空文庫

「ちょっと、寄りなさい。御馳走うんとあるよ」

「きょうは駄目なんだったら、木材運搬の監督に出かける途中だから……」

吉村巡査は笑顔をふりむけて答えた。その時まではモーナの応対はまだ上機嫌であった。しかし、蕃人の習慣として、厚意のもとに酒食を饗応しようとする時、相手がそれを受けつけないと、自分が傷けられたような気もちになって激怒するのが一般である。吉村巡査がどうしても酒間に加わってくれないことを知ると、ルーダオは急にむらむらと腹がたってきた。初めはそういう気もちは全く無かったが、興奮がたぎってくると、平素内地人に抱いている反感までが急に頭をもたげてきた。やにわに彼は傍らに在った豚の生肉をひっつかむと、吉村巡査に追いすがりざま、それを無理矢理に口のなかにおしこもうとした。口にべっとりとくっついた柔かい、生暖いものの正体に気がついた時、吉村巡査は激怒してしまった。巡査は体じゅうで興奮しながら、相手をなぐりつけようとした。ルーダオはそれをさけ、けだもののような叫び声をあげながら、巡査に組みついてきた。この騒ぎを聞きつけると、蕃屋のなかで酒を飲んでいた蕃人たちはすべて表にとびだしてきた。