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きりのばんしゃ

霧の蕃社

中村 地平

「文学界」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页

青空文庫

そして、口ぐちにガヤガヤさわぎながら二人をひきはなし、よってたかって吉村巡査をなぐりつけた。

この官吏侮辱の罪は理蕃上由々しい問題である。直ちに上司に報告して適当の処置をとらなければならない筈のものである。しかし、吉村巡査はずきずき痛む脚腰をひきずるようにして家へ帰ると、その日は病気と称して公務の方は休んでしまった。自分が暴行を受けたことは胸ひとつにたたみ、蕃人たちをかばってやろう、と思ったのである。しかしこの曖昧な温情がかえって悪い結果を産むことになった。

酒の酔いが醒めはてた時、モーナルーダオは始めて自分のしたことの重大な意味に気がついた。山で大人(警官)といえば殆んど絶対者に近い威望がある。その口に豚の生肉をおしつけ、あまつさえ袋叩きにしてしまったのである。当然、刑罰をまぬがれることはできない筈である。モーナルーダオは自分たち仲間一同が逮捕され留置されることの想像に脅えた。しかし、どういうわけか、当局からはなんの音沙汰もない。無気味な位である。彼は不安な毎日を送った。焦々し、かえって脅えが増すばかりである。遂いにはその脅迫観念が彼を逆に攻勢的な気もちのなかに追いこんでしまった。