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きりのばんしゃ
霧の蕃社
中村 地平
「文学界」1939(昭和14)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页
「死ぬよりほかに途が無いと思う」
二郎は頷いた。
「自分もそう考えていた」
十一月一日。一郎二郎及びその家族たちは蕃装をぬぎすてて唯一の晴れ着である日本服を身にまとった。結婚した時、彼らは官憲臨席のもとに、霧社霧ガ丘神社で神前結婚をした。その時内地人に貰った晴れ着である。用意が整うと、一族は打ち連れて、ホウゴウ社の東南約十丁ばかりの森林の中へ静かに入って行った。一行の中にはただ二郎の妻の姿だけが見られなかった。彼女は蕃装して敵地に潜入してきた石川巡査の手によってその前日、逮捕されてしまったのである。
いよいよ、自害しようとする直前、二郎は少時まってくれるように頼んだ。傍らに落ちている木片をひろうと、彼はそれに用意の筆で大きく書いたのである。
われ等もこの世を去らねばならぬ。木材を蕃人に無理にかつがせてこんなことになったのは残念です。
花岡二郎
二郎はその遺書を傍らの大きな樹の幹に結びつけた。一郎は黙ってそれを眺めていた。
瓦斯銘仙の単衣を着、白鉢巻を頭に巻いていた一郎は、刃渡り一尺五寸の日本刀で、先ず子供の首をはねた。続いて自ら割腹して、果てた。死出を飾るためにこれも同じように日本服をまとっていた妻は、夫との間に子供をさしはさんで寝かすと、夫に前後して見事に咽喉をついて自害した。