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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
着物と羽織と時計とで、こんなたくさん買物ができるなんて。」
「…………」
「わたし、さっき、ちょっとつらかったけれど、もう後悔していませんわ。」
買物はまだすまなかった。味噌醤油砂糖を買い、さて食事の支度となると、炭がなかった。炭を買うと金はもう残り少なくなる。この寒空に火鉢もなくてはならない。
「炭は、二十銭でも売ってくれるよ。これでまだふとんのこともあるし。」
茂緒は修造にいわれて、あっと思った。米屋でも五升買うというのを、修造は一升にさせたのだった。米の一升買いは茂緒の少女時代にいくどか経験があったが、炭の二十銭買いは貧乏そだちの茂緒もまだ知らなかった。一升の米を買いにゆくことを恥じて、母はそれを夜の暗さの中でしかさせなかった。しかも利口者といわれる母が、自分ではそれができず、一升買いのときはいつも子供を使いに出していた。その娘の茂緒と、村では五本の指の中にかぞえられる裕福な中農の家庭の息子の修造とが、一組の夫婦になって出発しようとしている今、裕福な家の息子は平気で質屋の門をくぐり炭の二十銭買いを知っている。東京とは、そんな便利なところかと、茂緒はあらためて東京を見なおし、希望をもつのだった。