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かぜ

風

壺井 栄

「文芸」1954(昭和29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页

青空文庫

新しい家のとなりには、Kという若い少女小説家がいて、まっさきに親しくなっていたが、それは心の底から信頼しあう親しさには発展しそうもなかった。第一言葉も通じなかった。Kは以前の家主と同じ秋田人で訛りはさらにひどく、奥さんというのがウクスンと聞こえる。ときどき茂緒に妙なことをいった。

――うくすん、てんばつのバツはバツがふんとでしか、バツがふんとでしか……。

彼にすれば天罰の罰はバツがほんとうか、バチがほんとうかといっているのだが、いくどくりかえしても茂緒にはさっぱり通じなかった。茂緒が笑ってしまうと、人のよい彼も笑って引きさがった。その意味は十日もたってから彼の若い細君にきいて分かった。少女小説家は罰を仮名で書かねばならなかったのだという。彼の家へゆくと、古い子供の雑誌が、どこの壁のきわにもうず高く積みかさねてあった。夜店を歩くとき、彼ら夫婦は古雑誌ばかりをあさった。その中の少女小説を焼きなおすことで、彼ら夫婦の生活はほそぼそとつづけられているのである。べつに大きな希望を持つでなく、それを本職として甘んじている彼らをみると、茂緒は何かしら辛くなった。