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いずこへ

風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇

坂口 安吾

坂口安吾『風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:いずこへ、青い絨毯、石の思い、オモチャ箱、篠笹の陰の顔、天才になりそこなった男の話、二十七歳、母、魔の退屈、私は海をだきしめていたい、流浪の追憶。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 119,879 字 · 242 页

青空文庫

暮れがたであった。私は仕事があって今夜は酒がのめないからと嘘をつき、ともかく、そのへんまで送ろうと一緒に歩くと、女は憑かれたようにとりとめもなく口走り、せつなげな笑いが仮面のようにその顔にはりついている。そのうちに、ふと、知ってるわ、矢田さんに惚れたんでしょう、と言った。恨む声ではなかった。せつなげな笑いが、まだ、はりついていた。気象の激しい娘であった。モナミだか千疋屋だかで、テーブルの上のガラスの瓶をこわしたことがある。ボーイがきて、六円いただきます、と言う。娘は十二円ボーイに渡して、隣のテーブルの花瓶をとると、エイと土間に叩きつけて、ミジンにわって、サヨナラと出てきた。そういう気象を知っている私であるから、私に対する娘のあまりのか弱さに、私は暗然たる思いもあった。

「片思いなの?」

娘は私の顔をのぞいた。それは、優しい心によって語られた、愛情にみちた言葉であった。恨む心はミジンもなく、いたわる心だけなのだ。私は答える言葉もなく、答えたい心もなかった。

このへんで別れようと私が言うと、ウン、娘はうなずいて、私の手を握り、まだつづいているあの切なげな笑いで、仕事がすんだら、又、のもうよね、そう言って、娘は手をふり、素直に闇の底へ消えてしまった。