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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
すると、クリヴォフ夫人は俄然傲岸な態度に返って、
「たしかバセドー氏病患者の眼を暗がりで見て、小さな眼鏡に間違えたとか云う話がございましたわね」と皮肉に打ち返したが、しばらく記憶を摸索するような態度を続けてから云った。
「とにかく、そういう言葉は、感覚外の神経で聴いて頂きたいのです。強いて申せば、その眼が真珠のような光だったと云うほかにございません。それから、その姿が扉の向うに消えると、把手がスウッと動いて、跫音が微かに左手の方へ遠ざかって行きました。それで、ようやく人心地がつきましたけども、いつの間にか髪が解かれたと見えて、私は始めて首を自由にすることが出来たのです。時刻はちょうど十二時半でございましたが、それからもう一度鍵を掛け直して、把手を衣裳戸棚に結び付けました。けれども、そうなると、もう一睡どころではございませんでした。ところが、朝になって調べても、室内にはこれぞという異状らしい所がないのです。して見ると、てっきりあの人形使いに違いございませんわ。あの狡猾な臆病者は、眼を醒ました私には、指一本さえ触れることが出来なかったのです」
結論として大きな疑問を一つ残したけれども、クリヴォフ夫人の口誦むような静かな声は、側の二人に悪夢のようなものを掴ませてしまった。