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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

それを聴くと、法水はいったん自嘲めいた嘆息をしたが、続いて、彼には稀らしい噪狂的な亢奮が現われた。

「勿論稀有に属する現象さ。しかし、あれを持ち出さなくては、どうして伸子が失神し鎧通しを握っていたか――という点に説明がつくもんか。ねえ乙骨君、アンリ・ピエロンは、疲労にもとづくヒステリー性知覚脱失の数十例を挙げている。また、あの伸子という女は、今朝弾いてその時弾くはずでなかった讃詠を、失神直前に再演したのだったよ。だから、その時何かの機みで腹を押したとすれば、その操作で無意識状態に陥るという、シャルコーの実験を信じたくなるじゃないか」

「すると、君が頸椎を気にした理由も、そこにあるのかね」と乙骨医師はいつの間にか引き入れられてしまった。

「そうなんだ。事によると、自分がナポレオンになるような幻視を見ているかもしれないが、先刻から僕は、一つの心像的標本を持っているのだ。君はこの事件に、ジーグフリードと頸椎――の関係があるとは思わないかね」

「ジーグフリード※(感嘆符疑問符、1-8-78)」これには、さすがの乙骨医師も唖然となってしまった。「もっとも、帰納的に頭の狂っている男は、その標本を一人僕も知っているがね」