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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
たかが、窓を開けるだけに呼びつけておいて、あの位置にするまでに、それは何度上げ下げしたことだったでしょう」
クメルニツキーの大迫害――。その内容は三人の中で、ただ一人法水だけが知っていた。すなわち、十七世紀を通じて頻繁に行われたと伝えられる、カウカサス猶太人迫害中での最たるもので、それを機縁に、コザックと猶太人の間に雑婚が行われるようになったのである。しかし、クリヴォフ夫人が猶太人であることは、すでに彼が観破したところであるとは云え、その破られた記録の内容というのに、なんとなく心を惹くものがあったのは、当然であろう。その時一人の私服が入って来て、津多子の夫――押鐘医学博士が、来邸したという旨を告げた。押鐘博士には、かねて福岡に旅行中のところを、遺言書を開封させるため、唐突な召喚を命じたというほどだったので、ここでひとまず、伸子の訊問を中断しなければならなかった。そこで法水は、ダンネベルグ事件を後廻しにして、さっそく今日の動静について知ろうとした。
「ところで、既往の問題はのちほど改めて伺うとして……。今日の出来事当時に、貴女は何故自分の不在証明を立てることが出来なかったのです」