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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
「何故って、それが二回続きの不運なんですわ」と伸子はちょっと愚痴を洩らして、悲しそうに云った。
「だって私は、あの当時樹皮亭(本館の左端近くにあり)の中にいたんですもの。あそこは美男桂の袖垣に囲まれていてどこからも見えはいたしませんわ。それに、クリヴォフ様が吊された武具室の窓だっても、ちょうどあの辺だけが、美男桂の籬に遮られているのです。ですから、ああいう動物曲芸のあった事さえ、私はてんで知らなかったのです」
「でも、夫人の悲鳴だけは、お聴きになったでしょうな」
「勿論聴きましたとも」それがほとんど反射的だったらしく、伸子は言下に答えた。けれどもその口の下から、異様な混乱が表情の中に現われてきて、俄然声に慄えを帯びてきた。
「ですけど、どうしても私は、あの樹皮亭から離れることが出来なかったのです」
「それは、また何故にです? だいたいそういう事が、根もない嫌疑を深めることになるんですぞ」熊城はここぞと厳しく突っ込んだが、伸子は唇を痙攣させ、両手で胸を抱いてからくも激情を圧えていた。しかし、その口からは、氷のように冷やかな言葉が吐かれた。
「どうしても、申し上げることは出来ません――この事は何度繰り返しても同じですわ。