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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
それを臆測すれば、恐らくどこかに一つの驚くべき計画が残されていて、それが醸し出してくる凶運を、難解きわまる秘密記法にて覆い、人々がそれにあぐみ悩む有様を、秘かに横手で嗤おうという魂胆らしく思われるのだった。すなわち、その秘密記法の深さは、この事件の発展に正比例するのではないか――。しかし、法水はその文中から、ディグスビイにもあるまじい、幼稚な文法をさえ無視している点や、また、冠詞のないことも指摘したのだったが、次の創世記めいた奇文に至ると、その二つの文章が、聯関している所は勿論、すべてが、宛然霧に包まれたような観を呈しているのだった。それから、押鐘博士に遺言書の開封を依頼すべく、法水等は階下の広間に赴いた。
広間の中には、押鐘博士と旗太郎とが対座していたが、一行を見ると立ち上って迎えた。医学博士押鐘童吉は五十代に入った紳士で、薄い半白の髪を綺麗に梳り、それに調和しているような卵円形の輪廓で、また、顔の諸器官も相応して、それぞれに端正な整いを見せていた。総じて、人道主義者特有の夢想に乏しい、そして、豊かな抱擁力を思わせるものがあった。博士は、法水を見ると慇懃に会釈して、彼の妻を死の幽鎖から救ってくれたことに、何度も繰り返して感謝の辞を述べた。