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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

私は、それをレヴェズ様にだけお話しいたしました。ですからきっとあの方が、それを貴方がたに密告したに相違ございませんわ」

「いや、あのレヴェズという人物には、今どき珍しい騎士的精神があるのですよ」と静かに云いながら、法水は怪訝そうに相手の顔を瞶めていたが、「しかし、本当の事を云うんですよ。伸子さん、あの札はいったい誰が書いたのですか」

「私、存――存じません」と伸子は、救いを求めるような視線を法水の顔に向けたが、その時、彼女の発汗がますますはなはだしくなって、舌が異様にもつれ、正確に発音することさえ出来なくなってしまった。その――犯人伸子の窮境には、思わず熊城を微笑ましめたものがあった。ところが、法水はさながら冷静そのもののような態度で、ややしばし、伸子の額に視線を降り注ぎ、顳に脈打っている、繩のような血管を瞶めていた。が、ふと額の汗を指で掬い取ると、彼の眉がピンと跳ね上って、

「こりゃいかん。解毒剤をすぐ!」と、この状況に予想もし得ない意外な言葉を吐いた。そして、咄嗟の逆転に何が何やら判らず、ひたすら狼狽しきっている熊城等を追い立てて、伸子の身体を愴惶と運び出させてしまった。