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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

熊城は、私服に下させた屍体の顔に、灯を向けて云った。

「やれやれ、これでファウスト様の事件は終ったらしいね。けっして喝采をうけるほどの終局じゃないけれども、まさかこの洪牙利の騎士が、犯人とは思いも寄らなかったよ」それ以前すでに、棺台の上が調査されていた。そして、そこに残されている靴跡から判断すると、その端に立ったレヴェズが両手を革紐にかけ、足を離しながら、首を紐の上に落したことは疑うべくもなかった。その――てっきり海獣を思わせるような屍体は、同じく宮廷楽師の衣裳を附けていて、胸のあたりがわずかに吐瀉物で汚されている。なお、推定時刻は一時間前後で、ほぼクリヴォフの殺害と符合していたが、革紐は襟布の上からそのなりに印されていて、それが頸筋に、無残なほど深く喰い入っていた。勿論あらゆる点にわたって、縊死の形跡は歴然たるものだった。のみならず、それを一面にも立証しているのが、レヴェズの顔面表情だった。その黝ずんだ紫色に変った顔には、眉の内端がへの字なりに吊り上り、下眼瞼は重そうに垂れていて、口も両端が引き下っている。勿論それ等の特徴は、いわゆる落ちると呼ぶものであって、それにはとうてい打ち消しようもない、絶望と苦悩の色が漂っているのであった。