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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

もしや、あの方自殺なされたのでは、いいえけっして、私がアレキサンドライトを付けた以上……」

その時法水の顔に、サッと暗いものが掃いて、みるみる悩ましげな表情が泛び上っていった。その暗影と云うのは――、たしかに彼の心中に一つの逆説があって、それを今の伸子の言葉が、微塵と打ち砕いたに相違なかった。

「いや、正確に他殺です」と法水は沈痛な声で云ったが、

「しかし、ここへ貴女をお呼びしたのは、ほかでもないのですが、昨年算哲が遺言書を発表した席上から、いったい誰が先に出たのでしょうね」

すでに一年近くも経過しているので、勿論伸子は、一も二もなく頸を振るものと思われていた。ところが、そのいかにも意味ありげな一言が、伸子に何事かを覚らせたと見えた。いきなり、彼女の全身に異様な動揺が起った。

「それは……あの……あの方なのでございますが」と伸子は苦しげに顔を歪めて、云うまい云わせようの葛藤と凄烈に闘っている様子であったが、やがて、決意を定めたかのように毅然と法水を見て、

「いま私の口からは、とうてい申し上げることは出来ません。けれども、のちほど――紙片でお伝えいたしますわ」