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せかいのいっかんとしてのにほん
世界の一環としての日本
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 215,338 字 · 422 頁
ルソーは民衆が国家の主権だと云ったが、日本に於けるその適用の当否は別として、とに角民衆というものはそうした政治的勢力として考察されるのでなければ本当ではない。処が『キング』の読者が民衆というものだと思ったり、政府乃至社会支配層の夫々の代表者達が支配の対象と考えたようなものが民衆だと考えたりしている人間は、今日の日本には極めて多いということをまず注意しなければなるまい。
日本では明治政府以来、民衆という観念は充分に常識化されなかった。所謂自由民権論も日本の社会構成の基礎に制約されて、要するに清算されて了った。その清算過程は昭和の聖代に於てさえ反覆されるという次第だ。だから日本では民衆というものを例えば民間というようなものと考える。民間とは日本に於ては政府によって指導啓発されねばならぬお荷物と見做されているものだ。之は藩閥内閣から中間内閣や政党内閣になろうと変らないし、まして官僚内閣や軍内閣になったとすれば、いよいよ強まるだけの話しである。
それは支那のように、日本にとっては明治政府以来国外からの圧迫がないからだ、と云うかも知れない。三国干渉式のものは、今日の支那が受けている圧力と比較するには足りないから、その意味で日本はたしかに、対外的受動に於て平和な国だった。