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せかいのいっかんとしてのにほん

世界の一環としての日本

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 215,338 字 · 422 頁

青空文庫

他の元素としてのヒューマニズムとしてならば、むしろ独特の東洋的乃至日本的ヒューマニズムが考えられ得る、というのが常識だろう。東洋乃至日本に於ては自然に対立拮抗する意味での(之はブルジョア社会の成立と共に発生する現象だが)人間性は重きをなしていない。却って初めから、自然が即ち人間性であり人間性が即ち自然だとされている。日本文化に於ける直覚性とか直観性とかいうものが之だ。

処で之も亦一つの独特な元素としてのヒューマニズムなのである。夫とルネサンス的ヒューマニズムとの相違は今云った通り明らかだが、ではギリシア的なものとの区別はどこにあるか。人によっては、日本文化とギリシア文化との本質的な同一性とは云わないまでも、日本文化のギリシア的特徴を好んで指摘する(例、和辻哲郎氏)。だが日本文化に於ける直覚性乃至直観性とギリシア文化に於ける所謂直覚性乃至直観性とは一つであろうか。純粋な日本的なものと云い得なくても日本文化の伝統的な本質と考えられている文化の直観性は、例の有名な情緒的な無限定性の謂であるのだから、ギリシア的な表象的な限定性とは凡そ反対なものだ。――して見ると日本的乃至東洋的ヒューマニズムは又一つの別なヒューマニズム元素だということになる。