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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

線上閱讀岸田 国士《火の扉(ひのとびら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 頁

青空文庫

十一

時々思いだしたようにため息をつき、ひとみをじつとひとところにすえて、なにか考えごとをしているらしく、わたくしがおしやくをしようと申しますと、いゝからほうつといてくれ、ぼくはたゞ酒さえ飲めばいいんだ、と言つて、また憂うつに黙りこんでしまいます。変つたお客だと思つて遠くからそれとなく気をつけておりますと、しまいに指を眼にあて、涙をふいている様子です。それもめそ/\泣くというのではなく、ふとこみあげてくる悲しみを自分で追いはらう、そういう気持の動きさへみえる仕ぐさでございました。わたくしがおちようしの代りをもつてまいりました時、――君はこの土地のひと? とたずねます。――いゝえ。――どこかでみたことあるなあ……。

十一

――あれッと、わたくしは思わず叫びました。

こう申しても奥さまにはお察しがつきますまい。つい一と月ほど前、紀州の田辺で偶然話しをした復員兵の一人だつたのでございます。このひとは、船からおりた大ぜいの兵隊のなかで、わたくしのあの人の名を知つていたたゞ一人のひとで、会つたことはないというのですけれども、あの人の書いた詩を戦地で読んだという話をきゝ、なつかしくてたまらず、これから広島へ行くと言つて別れたのを、わたくしは、停車場まで後を追つたのですが、とう/\見つけることはできませんでした。