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ひのとびら
火の扉
岸田 国士
線上閱讀岸田 国士《火の扉(ひのとびら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 頁
二
彼は、今年二十七になつた。郷里の農学校から東京の私立農科大学へはいりはしたが、中途で学校がいやになり、或る出版社の編集事務を手伝つているうちに、郷里では父が亡くなり、母が帰つて来いと言つてきかぬので、再び郷里の土を踏み、村の農業会に籍をおいたとたん、補充兵としての召集が来た。
彼はそういうふうにして足掛け五年、大陸の南北を引きまわされてつぶさに「兵隊」の苦労を味い、最後に北部仏印で負傷をして病院にはいつた。
終戦のことはその病院のベットの上で聞いたのだが、あの時の興奮はいま思うとおかしいくらいである。完全な敗北、無条件降伏という事実の前で、それを信じまいとする自分が刻々に打ちのめされる姿は、惨めともなんとも言いようがなかつた。
二
あの時にもいろ/\な人間の性根がむきだしになつた。もと/\自分を自分だけにみせたがらない多くの連中は、むやみやたらに憤慨したり、先見の明を誇つたり、罪もない上役にたてついたりしてみせた。が、それらのものは例外なく、とつくの昔に「自分を失つた人間」であつたことを暴露した。
ところで、それにも増して市ノ瀬牧人が意外に思つたのは、なにがどうなろうと無関心に、自分に直接の損さえなければ、周囲にどんなことが起ろうと平気の平左右衛門だという手合いの、うようよしていることだつた。