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ひのとびら
火の扉
岸田 国士
線上閱讀岸田 国士《火の扉(ひのとびら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 頁
九
九
まつたくのところ、北原ミユキは、店へたどりつくまで、自分でなにを考えているのかわからなかつた。頭がみだれているというのか、心がおちつかぬというのか、たゞつぎ/\に浜島のこと、尾関のこと、裁判のこと、病院のことなどが、ぼんやり念頭に浮ぶだけで、しかも、そのひとつひとつの幻影が、悲しみとも憤りともつかぬ感情の波の上を、ふわり/\と流れていくばかりである。
彼女は、まだだれも来ていないガランとした店のなかを、シュミーズ一枚になつて、掃除をしはじめた。ゾウキン・バケツの水を、床の上へパチャ/\と手でまく仕ぐさは、やがて、彼女の気分をいくらかほぐしたとみえ、ひとりでに「ボダイ樹」の一節を口ずさむようになる。しかし、ほうきをかついで奥から出て来た彼女の両眼は、足どりの快活さにひきかえて、うつろに沈んでいた。
早番の同僚が二人、三人と、掃除の仲間に加わつた。女主人が湯沸しに火をつけた。
待ちかねたように、客がぞろ/\とはいつて来た。
こうして、また、半日半夜がすぎるのである。
三人連れの客を相手に、彼女は、今日は、思ひきりはしやいだ。酒も飲めるだけ飲んだ。