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ひのとびら
火の扉
岸田 国士
線上閱讀岸田 国士《火の扉(ひのとびら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 頁
「やつぱり、これじや駄目だ。お前はどこへ逃げた?」
「もうどこにいてもおんなじだと思いましたわ。どこをどう通つたのか覚えていませんけれど、でも、気がついてみたら、お向いの赤ちやんを抱いて線路の土手の蔭にしやがんでいました。お向いの奥さん、お気の毒に大怪我をなすつて……今朝川西病院でお亡くなりになつたんです」
彼女は、なにから話していゝかわからなかつた。夫は、棒ぎれをひろつてあちこち灰の中をかきまわしていた。
「むろんなんにも出さなかつたろうな。非常持出のトランクは?」
「防空ごうまでは持つてはいつたんですけれど……。それから先、どうしたか覚えてませんの」
「そいつは弱つたな。大事な書類がはいつてることは、お前も知つとるはずだがなあ」
――それはそうに違いないけれど……と、彼女は、自分のうかつを責める前に、夫の不機げんを恨めしく思つた。
夫は、しかし、それきり「大事な書類」のことは何にも言わず、書斎の跡とおぼしいところを行きつもどりつしながら、
「ところで、これからどうするか、だ。おれは役所に寝泊りをしてもいゝが、お前はさし当り、目黒のおとうさんのところへでも行くか? あつちはたしかまだ残つてるはずだ」