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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 268,337 字 · 522 頁

青空文庫

吾々はこういう最後の原理を日常性の原理と名づけることが出来るだろう(前掲論文を見よ)。

今問題は、之に平行して、歴史も亦一つの最後の原理でなくてはならないということである。そのために吾々は予め、存在の事実性・物質性の規定を挙げておいた。夫を今取り上げよう。

歴史の原理が事実性にあるということ。だが事実とは一体何か。それは甲でも乙でもあり得る事物が、特に甲であって乙でないということである。否、そういう一般的な説明の仕方では不充分だ、例えば吾々の空間の直観は三次元的であって四次元的ではないということ、或いは例えばナポレオンの最後の流刑地がセントヘレナであって他の島ではなかったということ、或いは又例えばシェークスピアはフランシス・ベーコンではなかったということ、等々が事実である。否、こういう事例は任意に一般的に引用出来るから、それは結局又一つの一般化に外ならない。で結局、あらゆる個別的な事件や事物の総体こそが事実なのである。過去の出来事から事例として拾い上げられたものは、事実からの引例であってまだ事実ではない。事実とは最後の Konkreta の連関的総和にあるのである。