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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
線上閱讀永井 荷風《下谷叢話(したやそうわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 頁
ここにおいて徂徠派の病弊を指摘し、その偏見を道破し、汎く支那歴代の文教を一般に渉って批判攻究すべきことを説く新しい学派が勃興した。井上金峩、山本北山らの主張した考証折衷の学説が即これである。あたかも好しこの時代に至って江戸の文物は一般に円熟し、詩賦文章は経学倫理より分離し、純然たる芸術として鑑賞せらるべき気運に到着していた。安永天明の時代にあっては狂歌川柳の如き庶民の文学すら既に渾然としてその体例を完備させていた。さればこれより先、儒者の中より詩を専攻するものの輩出したのは敢て奇とするに当らない。
江戸において始て詩学を以て門戸を張ったものは先に安達清河があり後に市河寛斎がある。寛斎は久しく昌平黌の教官と林家の塾頭を兼ねていたが、天明の末白河楽翁公の学制を改革するに際して、職を辞し浅草の某処に移った後、やがて神田お玉ヶ池に江湖詩社を開いた。寛斎が詩賦の友釈雲室もまた芝西ノ久保光明寺に詩社を結んでこれを小不朽社と称した。雲室は南画を善くしたので、詩人と画家との交遊がおのずから密接になった。山本北山もその孝経楼に経書を講ずるの旁、詩会を開いてこれを竹堤社と名けた。