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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
線上閱讀永井 荷風《下谷叢話(したやそうわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 頁
第三十七
毅堂は常に慶勝に扈従して二十九日に京師に還った。途上の作に曰く「心知白髪一宵添。客路無由借鏡奩。鉄券何人恃功績。黄裳今日玩爻占。頑雲包月走山角。急霰乗風撲帽尖。遺却身材如襪線。擬将涓滴救炎炎。」〔心ニ知ル白髪一宵ニ添フルヲ/客路鏡奩ヲ借ルニ由無シ/鉄券何人カ功績ヲ恃マンヤ/黄裳今日爻占ヲ玩ブ/頑雲月ヲ包ミテ山角ニ走リ/急霰風ニ乗リテ帽尖ヲ撲ツ/遺却ス身材ハ襪線ノ如シ/擬ス涓滴ヲ将テ炎炎ヲ救フニ〕
毅堂は時に年四十三。名古屋新馬場の家にあった妻美代は二十九。長男精一郎(字文豹)は十三、長女恒は七歳、次男俊三郎は三歳である。丹羽村の家をついだ鷲津蓉裳は三十五、妻鈴木氏ぶんは十八である。
毅堂兄弟の母磯貝氏貞が病んで没したのはこの年十一月中のことであろう。毅堂は京師にあって母の病の革んだのを聞き、暇を請うて丹羽の家に赴いたが臨終には間に合わなかった。それのみならず毅堂は京師の事変刻々急なるがため家に留って忌に服することを得ず藩公に召されて直に京師に還った。
第三十七
慶応四年戊辰正月二日、尾公徳川慶勝は前将軍慶喜のまさに大阪城を出発せんとするを聞き、田中国之輔、鷲津毅堂の二人を派遣し、幕府の参政永井玄蕃頭、塚原但馬守に会見して、会桑二藩の兵の伏見に駐屯するものを大阪に引揚げしめん事を説いたが、事既に遅く東西両軍