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やまとこじふうぶつし
大和古寺風物誌
亀井 勝一郎
線上閱讀亀井 勝一郎《大和古寺風物誌(やまとこじふうぶつし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 108,647 字 · 215 頁
薬師寺
春
限りある身の我々にとっては、死がはじめてかかる永遠の安定をもたらすともいえよう。不動のなかの動は、その涅槃への幽かな誘いなのかもしれない。千三百年間、ついぞ安定を知らなかった現在まで、こうして佇立しているのである。不安動揺の人間の悲劇が凝って、この無比の菩薩像が立ちあらわれたに違いないが、あの駘蕩としてのっぺりした御顔を仰いでいると、「まあ、我慢したまえ。地獄は永久につづくぞよ」と平気で仰有っているようにみえる。
――昭和十七年秋――
薬師寺
春
武蔵野にも漸く春の訪れが来た。遠くにみえる秩父の山の雪も消えて井の頭の梅はいま満開である。庭さきへ鶯が来てしきりに囀って行く。暖かい水蒸気が大地からのぼって、その中に水仙の黄色い花が鮮かに浮び上ってみえる。縁先で陽の光りを浴びながら、この頃になると、私は自分の半生に経験した様々の春を想い出す。幼年の頃、少年の頃、早い青年時代、この数年のこと、そういう時分に記憶にとどまっている春の姿を、比較するともなしに回想するのである。
私は北海道の南端に生れた。この北国では、春の訪れは関東地方よりもまる一カ月半ほど遅い。三月の末から四月にかけて雪どけ、それから若葉の山野が望まれ、五月になると急に暖かさが加わって、梅や桜や桃が殆ど同時に咲きはじめる。