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ぞくほうしこう

差別の根源を考える

喜田 貞吉

線上閱讀喜田 貞吉《差別の根源を考える(ぞくほうしこう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 147,985 字 · 289 頁

青空文庫

。そこで法師に代わるに坊主の語が流行り出した。

法師という語が安っぽくなってきたことは、もと「貴様」とか、「貴公」とか、「お前」とかいう最敬の語が、安っぽく濫用せられるに至ったがために、他からその語をもって呼ばれた場合に、不快に感ずるようになったと同様である。鎌倉時代末から室町時代に至っても、山法師(叡山)とか、寺法師(三井寺)とかいえば、多年の慣例として別に軽侮の意味をも感じなかったであろうが、単に法師といえばすでに人を馬鹿にしたことになっていたらしい。『徒然草』に、

惟継中納言は風月の才に富める人なり。一生精進にと、読経うちして、寺法師(三井寺等の寺の僧)の円伊僧正と同宿して侍りけるに、文保に三井寺焼かれし時、坊主にあひて、御坊をば寺法師とこそ申しつれど、寺は無ければ、今よりは法師とこそ申さめと言はれけり。いみじき秀句なりけり。

とある。これが単に「寺がなくなったから、ただの法師だ」では、秀句としてもそう面白くは感じられぬ。ここには法師の語に、侮辱の意味があって、僧正様の如き尊い人を、賤しい法師の名で呼ぼうというにおいてこそ、いみじき秀句とも言われるのであったであろう。