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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
線上閱讀室生 犀星《我が愛する詩人の伝記(わがあいするしじんのでんき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 頁
レモン哀歌
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に插した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう
岩手県稗貫郡太田村山口という山村に、疎開して山小屋にこもった光太郎は、六畳の板の間に三畳のうすべりを敷き、炉を仕込んだこの小屋の中には夜具類の一さい、火消壺、炊事道具の一さいをふくめた雑然たる一農耕者の住いにしたしんだ。六十三歳という年齢はこんな煤と埃の中でも、だまって暮らしてゆくのに好適な年齢なのである。昭和二十五年代の日本人は誰でもこれに近い暮らしだった。戦後の食うや食わずのくらしに誰でもここまで引き摺りこまれていたのだ。