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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 263,376 字 · 511 頁
夫をマルクスは更にハッキリと云おうとして、他の個処で「技術的基礎」という風に(吾々から見れば)同語反覆の形で説明したものと見受けられる。それだけではなく、仮に技術を動植物乃至社会人間の生産器官に本質的になぞらえたとすれば、夫はつまり、技術が単に客観主義的に(又は機械論的にでさえある)労働手段の体制などとして定義的に限定されつくせないものだということを示しているのであって、生物の器官にこそ恐らく技術なるものの歴史的起源がある、と考えられているのかも知れない。そうなれば、ここで用いられた生物的器官というアナロジーの意味は、器官という「労働手段体制」であると同時に、感覚運動的機能の主体ででもあることを指示していなくてはならぬわけだ。
だからいずれにしても、マルクスの例の二つのテーゼからは、相川氏の求める「労働手段の体制」という技術の定義は出て来ないばかりではなく、少し考えて見ると、寧ろそうした機械論的定義を否定するような結論の方がより自然に、よりレーズバールに、受け取れる。尤も私は何もマルクスの言葉にあるからとかないからとか云って、そうした文献学的な文義解釈をする心算はないのだが、少くとも相川氏がマルクスの引用から惹き出した結論に関する限り、見解は寧ろ氏とは逆の方向に傾くという点だけを云いたかったのだ。