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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 頁
新左衛門の眼は、まだ動かなかった。
「死んで、たましいになれば、なにもかも見とおすことができる、小野もやがて、すべてを見とおすだろう、――ゆくところは同じだ、死ねばみな同じところへゆく、私もあとから追いつくだろう」
そして甲斐は囁くように云った、「つとめは終った、新左衛門、あとは安らかに死ぬことだ」
新左衛門はかすかに頷いた。すると、その眼から涙があふれ出て、枕へこぼれた。甲斐はふところ紙を出し、静かにその涙を拭いてやった。
そのとき七十郎が顔を出し、「用談は済みましたか」と訊いた。甲斐はふところ紙を、袂へ入れながら、振返って頷いた。七十郎ははいって来て、病床の前に坐った。
「また一ノ関から使いです」と七十郎は新左衛門に云った、「同じことを云い張っていてききませんが、どうしますか」
「断われ」と新左衛門が云った、「なんと云おうとも返さぬ、返す理由がない、ならぬと云え」
「そう云うがきかないのです、誓紙は伊東新左衛門その人に求められたもので、しかも国老就任が条件であった、当人が重病で倒れ、国老の任に耐えなくなった以上、その誓紙は返すのが当然である、というのです」