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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 頁
と新左衛門はとぎれとぎれに云った、「昨日、二人で来て、断わったが承知しない、いまもまた、来ているそうだ、これで、あの誓紙がどんな意味をもつか、船岡にもわかるだろう」
「もう話しはよせ、また苦しむだけだ」
「これだけは聞いてもらう」と新左衛門は続けた、「三力条の誓紙は、必ず、ものをいうときが来る、だからこそ、一ノ関は執拗に、取返そうとするのだ、あれはいつか、必ずものをいうだろう、私は誓紙を采女(養嗣子)に遺す、七十郎に持っていってもらって、采女の手に渡す、決して一ノ関へは返さない」
そのことを覚えていてくれ、と新左衛門は云った。甲斐は静かに、覚えていよう、と頷いた。
「これでいい」と新左衛門は甲斐を見た、「船岡の云うとおり、安らかに死ぬことを考えよう、来てくれてうれしかった、どうかもうひきとってくれ」
「よければもう少しいよう」
「いや、もう充分だ」と新左衛門は云った、「死にざまを見られるのは辛い、どうかひきとってくれ」
甲斐はゆっくりと頷き、暫く新左衛門の顔を見まもっていたが、「ではこれで」と云って、静かに立ちあがった。
その夜、――新左衛門は死んだ。
甲斐が聞いたのは、翌十六日の早朝で、知らせに来たのは七十郎であった。