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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 頁

青空文庫

その茶屋の店さきにも、若い女が二人いて、かん高い声で往来の者に呼びかけるので、彼はすぐにはいってゆく勇気が出ないようであった。

「お寄りなさいましな、そこのお武家さん」

三度めに、若い女の一人が、店から出て来て呼んだ。

「なんど往ったり来たりなすっても同じことですよ、お寄りなさいましな」

「私は人と会う約束があるんだ」と彼は編笠を傾けながら云った、「みやという婦人なんだが」

「あらそうですか」と若い女は振返った。

すると店さきにいるもう一人の女が、ええいらしってるわ、と頷き、彼に向かって、「黒田さまですか」と訊いた。彼はそうだと答えた。

「どうぞ、御案内いたします」

彼は店へはいってから、編笠をぬいだ。

その座敷は六帖ばかりで、不忍の池に面したほうが、肱掛け窓になっており、閉めてある障子に、池の水の波紋が映って、揺れていた。おみやは黒田玄四郎を見ると、微笑しながら、ぽっと頬を赤らめ、火桶をずらせて、彼のために席を設けた。

「わがままを申しまして」とおみやは頭を垂れた。

「殿が厩橋へ帰国されたので、いとまがもらえました」

玄四郎は刀をとって左に置きながら坐った。