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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 頁
いつそこへ来たものか、六尺ほどはなれた処に立って、甲斐のほうを、静かに微笑しながら、見まもっていた。
甲斐も微笑しながら頷いた。すると、頬にいつもの皺がより、唇のあいだから、僅かに、白い歯が覗いた。
「ここへおかけ、――」
甲斐はそう云って、腰かけている流木の場所をあけた。
宇乃はゆったりと近よって来て、甲斐のあけたところへ腰をおろした。そのとき、香料と、そだちざかりの乙女の、肌の香が、かなりつよく、あまやかに匂った。
「こんな時刻にどうして来た」と甲斐が訊いた。
「ゆうべの夜なかに立ってまいりました」
「一人でか」
宇乃は、いいえ、とかぶりを振った。
「与五が伴れて来てくれました」
「与五とは、与五兵衛か」
「おめにかかりたくって」と宇乃は云った、なにか口に含んででもいるように、声がこもって聞えた、「お帰りになるまで、待っていられませんでしたの」
「与五と仲よしになったのか」
「与五は鹿の肉をお届けにまいりましたの、ですから宇乃は、おばさまにむりにお願いして、伴れて来てもらいましたのよ」
甲斐は、うん、と頷いた。
宇乃が手をあげて、自分の髪に触ると、香料と肌の香が、またつよく匂った。