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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 頁
甲斐がそこまで書いたとき、支度ができましたと、堀内惣左衛門が知らせに来た。甲斐は「少し待て」と云って、そのまま書き続けた。
――亀千代ぎみ袴着の式は、十一月十日ときまった。当日、なにか事が起こるだろう、という風評がながれている。いつものことだ。なにか起こるかもしれないし、風評のまま終るかもしれない。自分としては、なにごとも起こらぬようにと祈るばかりである。
――今日は九月十三日。自分は綱宗さまから、月見の宴に召されて、これから品川の下屋敷へゆくところである。三年まえおめどおりをしたきり、久方ぶりの伺候だから、お叱りを受けることだろうし、たぶんおむずかりのお相手をしなければなるまい。召されるのは自分ひとり、「泊るつもりで来い」との仰せで、どういう月見になるか、いまからおよそ察しがつく。
――筆じりになったが、帯刀と松山との縁談は、自分が帰国するまでそのままにしておくように。母上はすぐにもまとめたい御意向らしいが、三、四月の頃には帰国するから、と申上げておいてもらいたい。
そして結びの言葉を書き、読み返さずに巻いて封をすると、甲斐は「いいぞ」と云って立ちあがった。