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ひのとびら
火の扉
岸田 国士
線上閱讀岸田 国士《火の扉(ひのとびら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 頁
一歩一歩
一
しかし、夫人の「お願い」をはじめてかなえるよろこびは、彼を有頂天にした。
一歩一歩
一
夜のひけは二時三時になつた。
港町の客はこういうものだと聞かされても、彼女には、比較するものがなかつた。船を宿にする男たちに、帰る時間はないのである。
「さ、もう閉めるわよ。だめだよ、そんなとこへ寝させちまつちや……」
女主人の、督励にもかゝわらず、この店の女たちは、客といつしよに酔つていて正体がない。まだまだ気をひきしめているのは、彼女一人ぐらいなものである。
「ねえつたら、ユキちやん、あんたはまだ、たしかなんだろう?」
つまり、ユキちやんと呼ばれたのが、この店へはじめて出て、まだ三月そこ/\の北原ミユキであつた。
「えゝ、あたしは酔つてなんかいないわ。でも、だるいの。先へ帰つてもいゝかしら?」
「勘定さえすめばいゝさ」
「あら、あたしの、いますんだんじやない?」
「そうか。そんならいゝよ」
ユキちやん事、北原ミユキは、こうしてこの日の勤めから解放される。
もう顔をなおす手間はかけない。外とうにくるまつて、深夜の海べを町の方に歩いて行くのであるが、最初の掘割の橋を渡ると、彼女のからだ全体がしやんとしてくる。