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かせいのまじゅつし
火星の魔術師
蘭 郁二郎
線上閱讀蘭 郁二郎《火星の魔術師(かせいのまじゅつし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 151,120 字 · 302 頁
――ここは、極東曲馬団の楽屋裏だった。
逆立ちの下手な、無器用な黒吉は、ここの少年座員なのだ。
鴉黒吉。というのが彼の名前だった。しかしこれは舞台だけの芸名か、それとも本当の名前か、恐らくこれは字面から見て、親方が、勝手につけた名前に違いないが、本名となると彼自身は勿論の事、親方だってハッキリ知っているかどうかは疑わしいものだった。
黒吉自身の記憶といっては、極めてぼんやりしたものだったけれど、いたましい事には、それは何時も、この曲馬団の片隅の、衣裳戸棚から始まっていた。
それで、彼がもの心のついた時からは、――彼の記憶が始まった時からは、いつも周囲には、悲壮なジンタと、くしゃくしゃになったあくどい色の衣裳と、そして、それらを罩めた安白粉の匂いや、汗のしみた肉襦袢の、ムッとした嗅気が、重なり合って、色彩っていた。
こうした頽廃的な雰囲気の中に、いつも絶えない、座員間の軋轢と、華やかな底に澱む、ひがんだ蒼黒い空気とは、幼い黒吉の心から、跡形もなく「朗らかさ」を毟り取って仕舞った。そして、あとに残った陰欝な、日陰の虫のような少年の心に、世の中というものを、一風変った方向からのみ、見詰めさせていた。