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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 頁
「いや、心がかりはまだ去らぬ。それで来たのだ。卯木に、ひと目、会いとうて」
「え。ひと目と仰せられますのは」
「すぐ、夫婦に旅装いを急がすがいい。……そのうえで、わしの待つ一間へ連れて来てくれい。長い別れになろうも知れぬ」
正成は、そう告げて、一室のうちに坐った。
雨の音は、屋根をも抜くばかりに、待つ間の彼を、爽快にも、うら悲しくさせていた。
兄の考えを、正季はまだ訊いてもいないが、ともあれ、急げとのことに、自身、離亭の通い戸を、どんどんと打ち叩いた。――内の二人が、驚くほどに。
「卯木っ、卯木っ」
通い戸を叩く正季の声も、つい風雨に打ち消されて、内へは、おそらくきれぎれにしか聞えていまい。
「水分の兄上が、俄に、お越しあって、そなた夫婦に、会おうと仰っしゃる……」
何度も、念を押しては、くり返した。
「すぐ旅に出る支度して、母屋へ来いよ。――兄上が、ひと目会おうと、お待ちしていらっしゃる。旅支度だぞ。急いでだぞ」
離亭の内でも、
「はいっ。はい」
おなじ返辞が幾たびも。
「……ただ今、まいりまする」
やがて、あわただしげに、雨光りをくぐッて、妻戸から渡りの板へ駈け出て来る夫婦が見えた。